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科学技術振興機構は22日、茨城県つくば市で20日から開かれていた「第4回科学の甲子園全国大会」で、千葉県代表の渋谷教育学園幕張高校が優勝したと発表した。47都道府県の代表校が参加し、高校生らが科学知識などを競い合った。2位は兵庫県代表の白陵高校、3位は静岡県立清水東高校だった。
好感度ナンバー1の水卜麻美アナウンサー(27)が再び“膨張期”に入った。昨年の夏には、所属する日本テレビの看板番組『24時間テレビ』に向けて約5キロのダイエットを行い、かなりスリムになった。しかし、最近また顔がパンパンに膨れ上がってしまっている。本人すらも、もはや何度目か分からないダイエット期間に突入したというが…。
2015年に入っても水卜アナの人気はとどまるところを知らない。様々なメディアで『好きな女子アナ』といった趣旨のランキングが行われているが、軒並み上位にランクインしている。だが、それに比例するかのように、体重の方もどんどん増えてしまった。
「最近、また太ってしまった 。水卜はすぐ顔がパンパンになるから、体重の上下動がすぐに分かる(笑)。昨年の『24時間テレビ』の時はかなり頑張ってダイエットしたらしいけど、その反動がいまになって出たみたいだ。当時は5キロやせたらしいけど、反動で7キロぐらい太ったのでは? と言われている」(日本テレビ関係者)
確かに最近の水卜アナは、まるで『アンパンマン』のようにまん丸としたになっており、それには多くの人が気付いたことだろう。
「一説によると、プライベートがあまりうまく行っておらず、ついつい食べ過ぎちゃったという話もある。水卜も4月で28歳。いろいろと思うところもあるのだろう」(同)
さすがに水卜アナも、あまりの自分の顔の丸さを自覚してか「ヤバイ!」と感じ出したようだ。
「またまたダイエットするらしい(笑)。いつもは目標時期に向け てキッチリ体を仕上げてくることの方が多い水卜だが、今回はちょっと時間が掛かるかも。4月は歓迎会といった食事を交えた付き合い事なども多く入っており、そうなると節制ができなくなってしまうから」(制作会社関係者)
しかも、新入社員が入ってくる4月に、水卜アナは大役を任されそうなのだという。
「昨年、日テレ相手に裁判を起こし、見事に女子アナの座を勝ち取った笹崎里菜の世話役だよ。水卜が中心となっている通称“ミト会”が面倒を見ることになりそうだ。そうなると会食の機会も多くなり、ダイエット完了は当分先となりそうだ」(同)
パンパンのミトちゃんが好きというファンにとっては、しばらく楽しめそうだ。
太平洋戦争末期の沖縄戦で半数以上が命を落とした「ひめゆり学徒隊」の悲劇を伝える沖縄県糸満市の「ひめゆり平和祈念資料館」で22日、修学旅行生向けとしては最後となる生存者の講話があった。島袋淑子館長(87)は「戦争は人間が起こすものだから止められる。『戦争は駄目』と言える人になって」と呼び掛けた。
島袋さんは約50分間、相模原市から修学旅行で訪れた高校2年生約150人を前に、悲惨な戦争体験を証言した。
資料館では1989年の開館以来、ひめゆり学徒隊の生存者が団体の来館者に講話を続けてきたが、証言員の減少や高齢化から3月いっぱいでの終了となった。
東京電力は21日、福島第一原子力発電所5・6号機から400メートルほど離れた道路脇の土手から出火し、5・6号機で使う水道管などの一部が焼けたと発表した。周辺には車のブレーキ部品などが見つかっていることから、交通事故が火災の原因とみて調べを進めている。
東電によると21日昼前、福島第一原発5・6号機構内を走るバスの運転手から、ゲートの西側付近の道路の土手から火が出ているという通報があった。
火は約30分後の午後12時24分に鎮火したが、道路の両脇の土手で合わせて50平方メートルほどが延焼し、5・6号機で使う生活用水などの水道管の一部に火が燃え移って、水が流出した。
現場は5・6号機のゲートから400メートルほど離れており、通信ケーブルや水道管が設置されている。東電によると通信ケーブルに異常はなく、損傷があった水道管はビニールテープなどで養生した。当時の大気中の放射能濃度は検出限界値未満だったという。
その後の調べで、現場周辺には車のブレーキの破片などが散乱していたことから、交通事故が火災原因になった可能性が高いと見て、該当車両がないかどうか警察が調べを進めている。
天皇、皇后両陛下は22日、戦没者慰霊のため4月8〜9日にパラオを訪問するのを前に、日米両軍の激戦地となったペリリュー島の戦いから生還した元日本兵2人と皇居・御所で面会された。
面会したのは、元陸軍軍曹の永井敬司さん(93)=茨城県茨城町=と元海軍上等兵の土田喜代一さん(95)=福岡県筑後市=。
2人によると、天皇陛下は「本当に長いことご苦労さまでした」と言葉を掛け、皇后さまも「大変でしたね」とねぎらった。永井さんは「私どもは軍人ですから戦争で戦うことは仕方ない」と答えた。
土田さんは両陛下に合わせてペリリュー島を訪れる予定で、「そのときまで元気でいてください。来られることを祈っています」と両陛下に伝えたという。
面会後、永井さんは「英霊は本当に喜んで迎え、安らかにお休みになると思います」と話した。