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「文民」統制の危機? 「文官」統制はなぜ廃止されるのか

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「文民」統制の危機? 「文官」統制はなぜ廃止されるのか

 「文民」統制の危機? 「文官」統制はなぜ廃止されるのか

 

  3月6日、「文官統制」を廃止する防衛省設置法改正法案が国会に提出されました。文官統制の廃止によって、「文民統制(シビリアンコントロール)」が怪しくなるとする論調さえある中、なぜ今、文官統制は廃止されようとしているのでしょうか?

文官統制が文民統制を阻害

 [写真]今回の防衛省設置法改正を主導する中谷元防衛相(ロイター/アフロ)

  文官統制が意味するところは、防衛省内局(背広組)が、自衛官(制服組)を統制するというものです。民主的な選挙によって選ばれた文民である総理大臣が、自衛隊を指揮することによって実現される文民統制とは異なり、アメリカなど文民統制がなされている諸外国でも、このような制度を取っている国はありません。
 
  この文官統制は、防衛参事官制度と、今回の改正される防衛省設置法12条の規定によって制度化されていました。防衛参事官制度は、2009年の法改正で既に廃止されているため、今回の法改正によって、文官統制は消滅することになります。
 
  なお、元来「文官統制」とは、文官統制に異を唱える保守派が使用してきた言葉でした。これは、今回の法改正が報じられる以前の更新日に限定して検索してみれば、簡単に確認できます。
 
  防衛省によれば、今回の改正の目的は、『政策的見地からの大臣補佐と軍事専門的見地からの大臣補佐の調整・吻合(ふんごう) 』にあり、これにより『防衛大臣によるシビリアンコントロールを確固たるものとする』ことができるとされています。
 
  つまり、今回の改正を主導している安倍政権、中谷防衛相の問題認識では、現状がこの逆である、ということです。
 
  それはつまり、内局(背広組)によって、高い軍事専門的見地を持つ自衛官(制服組)による大臣補佐が阻害されており、結果として、防衛大臣によるシビリアンコントロールが機能しにくくなっているということです。

阻害の実例「下甑事案」とは

  阻害の実例としてよく引き合いに出されるのは、2008年のイージス艦「あたご」の漁船との衝突事故の際、現場経験皆無の内局部員が報告をなかなか理解できず、大臣に報告するまで1時間40分もかかってしまったことが上げられます。
 
  ですが、これよりももっと深刻な実例があります。それが下甑(しもこしき) 事案です。

  1997年2月3日、鹿児島県薩摩川内市の西約40キロにある下甑島に、多数の中国人が密入国する事案が発生しました。島の駐在員は2名だけ。川内市(当時)から応援の警察官が駆けつけ、消防や役場職員とともに捜索を行った結果、その日のうちに20名を逮捕します。しかし、他にも上陸している可能性あったことから、川内署長から自衛隊に協力依頼がされました。
 
  これに対して、島にある空自のレーダーサイトから、翌4日、「野外訓練」という名目で、30名規模の捜索要員が投入され、ロープを使って崖下まで捜索を行いました。しかし、5日の朝刊から、行動の根拠を野外訓練としたことに朝日を始めとしたメディアがバッシングを行います。
 
  それに対して、内局トップである防衛事務次官が「自衛隊参加は適切さに欠ける。(中略)所要の手続きを経て、警察機関への協力活動として実施すべきところ、野外訓練の一環として実施した点については適切さに欠ける面があった」とコメントします。
 
  この事案は、自衛隊部隊が暴走し、内局がそれを適切に批判した例ではありません。
 
  事務次官が言う通り、いわゆる官庁間協力(この場合は防衛庁と警察庁)と呼ばれる活動根拠で動くことが適切であるということは、防衛と呼ばれる部署に就いたことのある自衛官なら、即座に分かります。官庁間協力で動くためには、部隊からの報告が、空幕を経て、内局に上がり、大臣(当時は防衛庁長官)に報告されます。そして大臣と警察庁長官(実質は内局と警察庁)の調整の結果、警察庁からの要請を受けて、命令がされることになります。
 
  当然、現場からの報告は、内局まで上げられ、官庁間協力によって行動させてほしいという要望がなされたのです。しかし、警察庁からの要請は出されず、制服自衛官は、やむにやまれず、不適切だと分かっていながら、部隊が独自で出せる命令が野外訓練しかないため、野外訓練として行動しました。
 
  これに対して、7日になって久間章生防衛庁長官は「出て行ったこと自体が不適切さに欠けるわけではない」と述べます。長官は、行動させることは適切だと判断したのです。

シビリアンコントロールを確固たるものに

  では、なぜ警察庁との調整がなされなかったのか。この件で、官庁間協力を調整しなければならなかった内局が、適切に行動しなかった理由には、文官統制以外の根深い問題も関係しています。ですが、文官統制がされず、制服自衛官が長官に直接報告することができていれば、問題にはならなかった事案です。
 
  この下甑事案は、国民の生命が軽視された事案として、防衛庁(当時)だけではなく、各方面で大きな問題となりました。そのため国民保護法制が成立し、国民保護訓練が開始された直後の2008年には、鹿児島県によってこの事案にそっくりな想定で国民保護訓練が行われています。
 
  「あたご」衝突事故や下甑事案などを教訓として、大臣に情報が正確、かつ迅速に報告され、大臣自身が、適切な判断、命令を下すことが重要だと認識されるようになりました。その結果、今回の文官統制廃止に至っています。これこそが、文民統制(シビリアンコントロール)だからです。
 
  防衛省が、法改正の目的を『防衛大臣によるシビリアンコントロールを確固たるものとする』としているのは、このためです。
 
 (数多久遠 /作家・元航空自衛官)

 ■数多久遠(あまた・くおん) ミリタリー小説作家、ブロガー。元航空自衛隊幹部。自衛官として勤務中は、ミサイル防衛や作戦計画の策定に携わる。その頃から小説を書き始め、退官後に執筆した『黎明の笛』セルフパブリッシングで話題になったことから、作家としてデビュー。一方、ブロガーとしても活躍し、ミサイル防衛、防衛関係法規、防衛力整備など、防衛問題全般で鋭い解説記事を書いている。著書に、『黎明の笛』(祥伝社)がある

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