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職場に向かう東横線の中で桃香は旋律を組み合わせながら考えた。
冬馬と慎吾に対するもどかしさを、父親のように音にしたいと思った。周りを見るとむずかしい顔をしたサラリーマン、早起きは苦手で眠そうなOLがつり革を持って立っている。この車両にいる人達もみんな恋に悩んだ経験があるんだろうな、みなとみらいでデートしてる確率100%だろうなと想像する。恋物語を抱えるひとりひとり。そんな人たちが乗り込んでいる東横線は曲作りには最適の空間と思えて来た。
夜、作りかけた曲を部屋にある電子ピアノで弾いてみた。そして気持ちを上に乗せて言葉にしてみた。
「あなたを失うと今の世界の灯りが消える。私の足下をほんのり照らしてくれるあなたのともしび。あなたといると心がほのかに桃色に染まる。Loving you missing you…」
自分の名前と同じ桃色の光に包み込まれた気分になる。うす桃色の光が射す世界で微笑む「あなた」は慎吾だった。
クリスマスの前日、桃香は冬馬が働いているデザイン会社の近所のカフェで冬馬を待った。
冬の日の午後8時。とっぷり黒い闇に包まれ、風が頬に痛かった。カフェでちぢこまった身体をあたため、伝えるべきことを整理した。冬馬が小走りで入って来る。寒い中を走ってきたので頬が赤くなっている。
「おう、待たせた?」
「お疲れさま。あったかいココアおいしいよ。」
「で、明日、俺と過ごすことに決めたって言いに来た?」
本当に自信があるのか、自信がなさの裏返しなのか恋の経験が少ない桃香にはわからない態度だ。もし自信たっぷりなのだとしたら、こんな自信がある男の人と付き合えば頼りになっていいのかもしれない。
でも自分はちょっぴり心が弱い慎吾をサポートしてゆくことを決めたのだ。スッと背筋を伸ばし、冬馬を見つめた。冬馬は察したかのように、店員を呼んだ。
「すみませーん、俺もココア。クリーム浮かべてくださいねー」
ココアの上にちょこんと座ったホイップクリームをスプーンですくいながら冬馬はそっと声を出した。
(続く)
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(二松まゆみ)