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筋肉バカと既読無視【彼氏の顔が覚えられません 第19話】

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筋肉バカと既読無視【彼氏の顔が覚えられません 第19話】

筋肉バカと既読無視【彼氏の顔が覚えられません 第19話】

 

3月もようやく半ばを過ぎた。「イズミちゃん、もう食べないのかい?」夕飯を半分残して箸を置くと、叔父さんがそう聞いてきた。
「うん。もうお腹いっぱい」
「ダメだよちゃんと食べなきゃ。大きくなれないぞ!」
「叔父さん、私もう大学生。大きくなる必要なんて」
「……いや、その、背じゃなくて、ね」
と、私の胸に視線がいく。それに気づいて、箸を振り上げる。
「バカ、スケベ、ヘンタイ」
「わぁ、冗談だって! そんなに怒んなくても……」
「怒るよ。ちょっと、母さんも何とか言ってやってよ。この筋肉バカのオッサンに」
「イズミ、叔父さんに向かってそんな暴言吐いちゃだめでしょ。それに、箸を武器みたいにして持つなんてお行儀が悪いわ。そんな風に野蛮なコに育てた覚えはありません」
「ちょ、なにそれ、母さん。叔父さんのセクハラ発言は許していいの?」と、母は首を横に振る。「ううん、許したんじゃないの。母さんね、諦めたの。この人がセクハラするのは、お父さんと結婚したときからずうっとなんだから。もう、どうしようもないのよ。イズミは若いんだし、まだまだ成長できるでしょ」
「ちょ、ちょっと……ねえちゃん、そりゃないよぉ。まるで俺の成長が止まったみたいじゃないかぁ」
「あら、ごめんなさいね。筋肉だけは成長してるんだったかしら。肉が厚すぎて、脳味噌までぜんぜん栄養が届いてないだけだったのよね」
「そうそう、だから、いつまでたっても筋肉バカ……って、そんなことあるかーっ!」
うるさい。私の実家って、こんなにうるさかったっけ。ノリツッコミをキメた後で、一人でガハハハと豪快に笑っている叔父さん。死んだ父とは血がつながってるハズなのに、似ても似つかない。ただの品のない、筋肉だけの中年オッサンだ。
だけど母はすっかり慣れたように、静かに味噌汁を飲んでいる。慣れてないのは私だけ。なんだか家にいてもアウェーな気持ちだ。
「しょうがないな、残った夕飯は叔父さんが食べよう!」と言われて、あまりそういうのもイヤだったけど、もはや言い争うのも時間と精神のムダのような気がした。「好きにしなよ」と言って、自室に退散する。
引き戸を、ガタンと音が立つようにして閉じる。戸の向こうでは、まだ叔父さんの笑い声が聞こえている。
“諦めたの”、ねぇ。母の言葉を反芻する。女性は、いつまでも子どもじみた男性に対して、諦めを持たねばならないのだろうか。それができたら苦労はないと思うけど、その苦労を乗り越えた母は、いつか私が夢で見たみたいに、叔父さんと再婚する日も近いんじゃないか。
その日、カズヤからLINEがあった。「きょうデートしようぜ」なんて書いてある。は、どういうつもり? なにさま? 私からのバレンタインの誘いを無視して、どこの誰とかわからないけど「デート」していたような男が。
いろいろ文句をぶつけたかった。けど、まだ何の返事もしないまま。どんな文句を言っても、カズヤには通用しない気がした。カズヤはこっちが怒っても、まったく動じない。「バカヤロウ!」って叫んでも、「なんだよ大声出して。セイリか?」なんてムカつくこと言う(そして、だいたいいつもその通りなのだ)。
それで、こんどはこっちが「既読無視」を続けている状況だ。これも、きっとカズヤには何の精神的苦痛も与えられてないに違いない。返事がないから、きっとまた別の誰かに「デート」の申し込みをしているのかも。そう思うとまた腹が立ち始める。
あのテキトー男となんで付き合うようになったのか。そして、本気で部屋に泊めようとまでしていた理由は。ムカムカする感情を抑えながら(そしてほとんど抑えられずに、「ムカムカムカ」という擬音語を口から漏らしながら。バカみたいだけど、これが結構ストレス解消になったりする)、机に向かい、日記を開く。
また、過去をさかのぼる旅に出る。カズヤとの馴れ初めの記憶をたどる。
(つづく)
【恋愛小説『彼氏の顔が覚えられません』は、毎週木曜日配信】
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作者:平原 学

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