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タイ人の入国拒否者数が昨年、約20年ぶりに1000人を超え、国籍・地域別で最多となったことが法務省への取材で分かった。平成25年7月に始まった査証(ビザ)免除の影響とみられ、不法残留や不法就労も後を絶たない。彼らはどのようにして日本に入国し、住居と仕事を得るのか-。ビザ免除を悪用し、不法就労していたタイ人の行方を追った。(池田証志、加藤園子)
■「やはり『サメン』だ」
今年2月のある日。夜明け前の午前5時半ごろ、東京入国管理局の入国警備官らは複数の自動車に分乗し、茨城県内で不法就労するタイ人の住居に到着した。「不法滞在している外国人がいる」との情報提供を基に約3カ月間の内偵をへて着手にこぎつけた。
摘発対象は、農作業に従事するタイ人男女だ。入国警備官らは、産業廃棄物が山のように積まれた敷地内に建つ平屋を取り囲んだ。目隠しのためか、全ての窓にベニヤ板が打ち付けられている。
日の出とともに、タイ人男性が玄関から出てきた。青いジャンパーを着た入国警備官が近寄り「東京入管ですが…」と声をかけると、男性は素直に応じ、入国警備官らを家に入れた。
玄関で靴を脱ぎ、廊下に上がる。狭い通路の両脇に合計3つの部屋があった。畳やふすま、はりが傷んだまま放置されている。一度は人が住まない廃屋になっていたようだ。入国警備官が確認すると、屋内にはさらにタイ人の男女2人がいた。
布団が敷かれたままの部屋に3人を集め、旅券(パスポート)を出させると、旅券番号や名前を携帯電話で東京入管に連絡。データ照合の結果、3人が昨年11月に15日間の短期滞在の資格で入国したまま消息を絶っていたことが判明した。
「やはりサメン(査証免除)だ」。入国警備官の一人がつぶやいた。3人は不法残留と不法就労の事実を認め、スーツケースを取り出して荷造りを始めた。
「追い詰められて逃げ出したり、抵抗したりする外国人もいますが、タイ人はたいていおとなしいです」。入国警備官たちはいつも、防刀(ぼうじん)ジャケットをジャンパーの下に着用している。
■「日本が好き、でももう来られないね」
「バンコクから名古屋の空港に着いて、新幹線で東京に行った。それから、ここ(茨城県)に来た」。東京入管へ護送されるバスの中で、摘発されたタイ人女性(39)は流暢(りゅうちょう)な日本語で話した。バスの窓に張られた鉄格子越しに冬の畑の景色が流れて見える。
女性の来日は3度目。不法就労も初めてではないという。今回は、タイ東部サケオで借金してブローカーに80万円を払い、航空券や日本国内での職業斡旋(あっせん)を依頼した。
仕事は野菜の収穫などの農作業。ブローカーに指示された畑へ行く毎日だ。一日の給料は5000円だったという。滞在日数から考えると、日本で稼いだ額は借金返済に遠く及ばない。
「借金は返せない…」。タイに帰れば、子供2人がいるという女性。「日本が好き。でも、もう来られないね」
中堅の入国警備官は「2、3年働ければ、タイに鉄筋3階建ての家が建つ。でも、途中で摘発されれば、借金しに来たようなもの」と肩をすくめた。
入管幹部によると、タイの貧困地域から不法入国を試みる者が目立つという。一般のツアーに紛れたり、別の国の観光地を経由してきたりと入国の仕方も手が込んできている。ただ、無事入国できたとしても、必ず働けるとはかぎらない。「空港で待つように」とブローカーに言われたが、いつまでたっても迎えが来なかった…という事例もある。
■「取り締まり強化するしかない」
都会ではマッサージ店などで不法就労し、摘発されるタイ人が増えている。警察庁によると、昨年、不法残留などの入管難民法違反で摘発されたタイ人は139人に上り、前年比で36%増えた。窃盗など刑法犯で摘発されるケースもあり、捜査当局は危機感を強めている。
警視庁は昨年10月、不法残留をしながら東京都や千葉県内のマッサージ店で働いていたとして、タイ国籍の女10人を入管難民法違反(不法残留)容疑で、店を経営していたタイ国籍の姉妹を犯人蔵匿容疑で逮捕した。従業員の女らはビザ免除で入国し、約2カ月間不法残留していた。経営者の姉妹がビザ免除を悪用して従業員を来日させ、働かせたとみられている。
法務省によると、昨年1年間に日本への入国を拒否されたタイ人は、前年(489人)の2倍以上に増加。その他の上位国は前年までと同様の傾向となっており、国籍・地域別で前年に最も多かった韓国を抜いて最多になった。政府の経済政策である「観光立国」の推進に合わせ、入国審査時の“水際対策”や治安対策の重要性が改めて浮き彫りになった格好だ。
警視庁幹部は「ビザ免除をチャンスと考え、そのまま不法残留する外国人も増えるだろう。入国の間口を広げれば、罪を犯す外国人の流入も避けられない。治安悪化につながらないよう、取り締まりを強化していくしかない」と話した。