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日米野球史を大きく変えたジョーブ医師の「トミー・ジョン手術」

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日米野球史を大きく変えたジョーブ医師の「トミー・ジョン手術」

日米野球史を大きく変えたジョーブ医師の「トミー・ジョン手術」

 

 【ダッグアウトの裏側】レンジャーズのダルビッシュ有投手が、右肘の靱帯を部分断裂。昨年のヤンキース・田中に続き「トミー・ジョン手術」が脚光を浴びている。

 トミー・ジョンとは、1974年に大リーガーで初めて肘の靱帯再建手術を受けた左投手だ。ドジャースやヤンキースなど6球団で46歳までプレーし、通算成績は288勝231敗。手術前の124勝に対し、手術後は164勝を挙げた。2年前に米ニュージャージー州の高級ゴルフリゾートでインタビューした際、左肘の手術跡を見せながら、こう語った。

 「大リーグの歴史を変えた人物を3人挙げるなら、ジャッキー・ロビンソン、マービン・ミラー、そしてフランク・ジョーブだ」

 黒人初の大リーガー、フリーエージェント制度の生みの親とともに並び評されたジョーブ医師は、再建手術の考案者であり執刀医。大リーグだけでなく、村田兆治、桑田真澄両氏ら多くの日本人投手も救ってきた。整形外科医の世界的な権威でありながら、人柄は温厚で謙虚。それは再建手術の通称を自分の名ではなく、最初の患者にしたことからも分かる。

 そのトミー・ジョン手術では、前腕など他の部位から摘出した腱を移植。8の字に通すため、肘の骨にあける3つの穴の位置や角度、さらに腱をしばる強度に執刀医の経験や力量が表れる。移植した腱が定着してからリハビリを開始するため、復帰には15カ月かけるのが理想とされる。

 「復帰するために最も重要なのはリハビリ。ゆっくり取り組むことが近道になる」とジョン氏。焦って強く投げ過ぎないように、最初のキャッチボール相手には妻を選んだという。

 ジョーブ医師が88歳で亡くなってから今月6日で1年がたった。握手したときに驚くほど柔らかかった「ゴッドハンド」がなければ多くの投手生命が断たれ、日米の野球史も大きく変わっていただろう。

 ■田代学(たしろ・まなぶ) サンケイスポーツ一般スポーツ担当部長。1991年入社。プロ野球のヤクルトと巨人を担当後、休職し米オハイオ大に留学。復職後は長野、シドニー両五輪の担当を経て、2001年から13年11月まで米国駐在の大リーグ担当キャップ。全米野球記者協会理事や13年ワールドシリーズの公式記録員を日本人記者で初めて務めた。愛称は「ガク」。

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