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■2度変転した缶コーヒーのCM
1994年8月、家族を連れて沖縄にいた。5月に日本コカ・コーラの上級副社長に就任。日本で開発したブランド群のマーケティングを担当し、売れ行きが落ちていた缶コーヒー「ジョージア」の立て直し策を練る。それがひと段落し、久しぶりに休暇を取った。
子どもたちとプールで遊んだ翌朝、テレビをつけて驚いた。日本のチームで初めて決めたCMに登場するタレントが、事故で重傷を負った、とのニュースが流れた。全国17のボトラー社に、新CMを発表するまであと1カ月。すぐに帰京し、会社へ直行する。チームに「諦めるな」と言って、新たなCM案の議論に入る。
それまで、CMのコンセプトや制作は、米国の親会社が手がけてきた。入社後、すでに決まっていたCMの案をみると、それまでの港湾労働者が飛行場の整備士に代わってはいたが、やはり「ブルーカラーの飲料」という米国流のコンセプトのまま。米国での撮影まで1週間に迫っていたが、「日本では、ブルーカラーとホワイトカラーの線引きなどない」と指摘して、撮影の中止を決める。
キャンセルにかかる額は数千万円で、予算の半分は残る。それを確認し、自分をヘッドハントした英国人の社長に説明すると、「すべて、きみに任せる」と言ってくれた。そこから生まれたのが、負傷したタレントの起用だった。
再度つくり直すために、広告代理店が出した20種の案には、頷けるものがない。バブルが崩壊して、何も悪いことをしていないビジネスマンたちがリストラの不安を抱いている。彼らに、疲れを忘れ、前向きな気持ちになってもらえるCMにしたい。そんな当初からのコンセプトは、維持したい。
チームの一人が「女性の『お疲れ様』のひと言のようなものがほしいね」とつぶやいた。聞いて、はっとする。客層は男性が多いから、男性タレントを使うことを当然視していた。違う。では、若い層には、どの女性に訴える力があるのか。若手が「飯島直子は、自分たちの世代に人気がある」と言った。知らない名前だ。でも、言い出した人間が太鼓判を押す。大ヒットする「男のやすらぎキャンペーン」のCM案が、決まった。
このとき、コンセプトは確認したが、具体案は口にしていない。どんな若手も、いいアイデアを出す可能性を持つ。ライオン歯磨(現ライオン)の時代から、ある分野で商品の開発から販売、収益まですべての責任を持つプロダクトマネジャーを経験してきて、成功への要諦は「関係する全員を巻き込む」「部下たちの潜在力を引き出す」ことにある、と確信していた。…