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東日本大震災の津波で校舎が全壊し、プレハブの仮校舎で授業を続けてきた宮城県の石巻市立女子商業が21日、58年の歴史に幕を下ろす。仮設校舎を置く市立女子高(同市日和が丘)と統合され、4月に「桜坂高」として再出発する。桜坂高には、石巻女子商の中庭で津波に耐えた「仲よしの像」が引き継がれる。両校の生徒が笑顔で過ごしてほしいとの願いを込めて。
石巻女子商の校舎は1階天井まで津波が浸水した跡があり、周囲はがれきだらけ。体育館にあったピアノもステージも流失していた−−。自らも同校近くで被災した同窓会長の阿部節子さん(65)が震災から2カ月ほど後、母校を訪れた時の様子だ。
だが、中庭にあった「仲よしの像」だけは流されず無傷だった。保護者が23年前に「子どもたちが元気に高校生活を過ごせるように」と贈ったものだ。愛くるしい子ども2人が顔を寄せ合う姿に、阿部さんは「希望を感じました」と振り返る。
石巻女子商は1957年、同市渡波(わたのは)に家政専修学校として設立され、63年から商業高になった。2011年3月11日の震災発生時、生徒は下校した後だったが、避難途中などに5人が亡くなった。壊滅した校舎は12年冬に解体され、校庭はがれき置き場になった。
生徒たちは学年ごとに3校に分かれ、授業を受けた。11年12月に市立女子高に仮設校舎ができたが、12年春に入学した生徒は仮設校舎しか知らないまま今春卒業していった。そうした後輩たちの姿に「講堂がなく、肩身の狭い思いをした自分の高校時代が重なった」という阿部さん。「校名は消えても、せめて石巻女子商を見守ってきた『仲よしの像』は残したい」と同窓会として学校側に働きかけ、新高校に引き継がれることが決まった。
4月から3年に進級する佐々木優衣(ゆい)さん(17)は「石巻女子商生として卒業できないのは寂しいが、伝統を受け継ぎ、誰もが憧れる学校にしたい。像のように市立女子高の子とも仲良くお弁当を食べ、体育祭ではじけたい」と話している。【百武信幸】