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女子アナといえば憧れの職業。大学のミスコン優勝者も多いが、テレビ朝日アナウンサーの弘中綾香さんは、慶應義塾大学在学時、目立つような存在ではなかったそう。
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中等部から女子高等学校、大学までの10年間を慶應義塾で過ごしました。大学は法学部政治学科。「広く浅く、色々な分野を学ぶ学部」だと先輩から聞き、将来どんな分野に進むかも決めていなかったので、そこで自分に合うものを見つけよう、と考えていました。
中・高はオーケストラ部でバイオリンを弾いていましたが、大学では百八十度変わって、体育会フィールドホッケー部に入りました。運動が得意ではなく、ずっと「体育会」に憧れを抱いていたので、その世界に入る最後のチャンスだと思ったんです。といっても、プレーする側にはまわれないので、マネージャーです。
高校が女子高だったこともあって、ものすごいカルチャーショックがありました。男の人ばかりで、乱暴な言葉も飛び交って。ちやほやなんてされないですよ。洗濯、掃除、スポーツ飲料作り、の繰り返しでした。それに、私は練習のビデオ撮影係で、グラウンドの端の茂みをかきわけ、寒い日も、一人でゲームをずっと撮っているんです。ブレないように気をつけて、カメラワークにこだわって、アップにしたりワイドにしたり。本当に細かい仕事ばかりでしたが、当時は懸命でしたね。そこで、どんな仕事に対しても、一生懸命地道にやるということが身についた気がします。
合間を縫って、授業に出て、アルバイトもいろいろとやりました。小学生の家庭教師や、飲食店、CM制作会社と幅広く働きました。
お金がたまると海外旅行に行きました。トルコのカッパドキア、ギリシャ、ボリビアのウユニ塩湖、ペルー……。授業で知り合ったフランスからの留学生の実家に遊びに行って、1週間ホームステイのようなこともしました。
就職活動では、人生で一度きりなので様々な可能性を広げようとアナウンサー試験も受けました。決まったときは、周りにも本当にビックリされました。大学では目立っていたわけではなく、アナウンサースクールに通ったわけでもありませんでした。
入社して半年で「ミュージックステーション」のサブ司会を命じられたときは、夢ではないかと2、3日ずっと思っていました。今でも変わらず、毎回緊張しています。
そうした中で、出身校のおかげでコミュニケーションしやすくなることがあります。
シンガー・ソングライターのmiwaさんは慶應の同学年なんです。「Mステ」でお会いして、「実は……」とお話ししたら距離が縮まった気がして、本当にありがたかったです。
慶應は、卒業生のつながりが縦にも横にも強く、そこに助けられることがあるんですよね。
※週刊朝日 2015年3月27日号