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札幌から車で約1時間、菅野(かんの)義樹さん(36)は所々に雪の残る茶色の土の上で、すーっと息を吸い込んだ。江戸時代から続く福島県飯舘村の農家の16代目。「理想の牛飼い」とは、放牧した牛に地元で収穫した牧草やトウモロコシを食べさせ、その堆肥で飼料を育てる循環型の畜産のことだ。
和牛の繁殖を営む両親のもと、「自分も飯舘で牛飼いをやるんだ」と思い定めてきた。のんびりと草をはむ牛をいつまでも眺めているような子どもだった。
大学卒業後、私立高校の農場担当職員として働き、ニュージーランドで畜産放牧の実習を体験。飯舘村に戻って2010年8月に美枝子さん(40)と結婚、後継者として本格的に始動した直後に震災と福島第一原発の事故に見舞われた。
村の約2500頭の肉用牛と同じく、菅野さんたちも育てていた約40頭を一頭残らず手放した。「この先どうやって生きていけばいいんだ?」。静まりかえった牛舎に立つと涙がこぼれ、自分の根っこを切られた気がしたという。
先祖から受け継いだ土地を守る責任があるし、牛飼いも続けたい。揺れる思いに踏ん切りをつけたのは、美枝子さんのおなかに宿った小さな命だ。知人の紹介で訪れた北海道栗山町を気に入り、ここで放牧に再挑戦することを決めた。福島に残る両親も「家のことはおれらがやっから。後悔のないように生きろ」と背中を押してくれた。
飯舘村の全村避難からまもなく3年。今夏には、ゼロからの牧場作りがスタートする。「小さな牛舎を建てて、少しずつ始めたい。丁寧に心を込めて」。菅野さんは娘の葵(あおい)ちゃん(2)を高々と抱き上げた。
写真と文 上甲 鉄