沖縄県尖閣諸島の問題などもあって、日本と中国の関係はかなり悪くなっています。2012年秋には大規模な反日デモが中国全土で展開され、日本企業が狙い撃ちにされて、大きな被害が出たこともあって、「中国撤退」を視野に入れた企業もあるようです。
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私の知り合いの駐中国日本大使館の幹部外交官は日本企業について次のように語ってくれました。
「中国に進出している日本企業のうち、3分の1は撤退を、半分は様子見、6分の1はこれまで通り積極的なビジネス展開を行おうとしている。一番多い半分の様子見企業のなかには、中国の生産拠点としてのグレードを上から下に落として、最新式の機材を日本や他の国に移して、中国には中古の余り生産性が高くない機材を入れている。いわば『中抜き』ですね」。
それでは従来の中国から生産拠点をどこに移しているのでしょうか。それは、最近伝えられているように、「チャイナ・プラス・ワン」の東南アジア諸国です。特に、インドネシアやマレーシア、タイ、フィリピンなど中進国が多いそうです。
このところミャンマーやラオス、あるいはベトナムなど開発途上国が注目されていますが、電気などのインフラが整備されておらず、停電などもあって「第1の生産拠点にするには不安」との日系企業関係者の声もよく聞きます。
その点、インドネシアなどの中進国は政情も安定していて、インフラも基本的には問題がないだけに、日系企業の人気が高いといいます。
私が昨年秋に、インドネシアの首都ジャカルタを訪れた際、日本の大手商社のジャカルタ支店に勤務している大学の先輩と会って、ビジネス環境についてお話をうかがいました。
「インドネシアでは最近、日系企業の進出はすごいよ。ただ、あまり商売には直結していないようで、すぐに撤退してしまう企業の半分くらいだね。事前の知識も持たずに、何も調べないで、日本人の東南アジア専門の経営コンサルタントの話をうのみにして、来る人たちが多い。また、現地に足を落ち着けて稼ごうという企業が少ないのも、失敗に拍車をかけているね」。
先輩はこう言うと、「東南アジアのビジネスにも、チャイナ・メソッドが通用するんだよ」と付け加えたのです。
先輩の言うチャイナ・メソッドとは、いかなるものでしょうか。
「端的に言うと、ジャカルタならば、ジャカルタの経済界に強い発言力を持つ実力者にまずは、あいさつに行って、教えを受けるということだ」
こう先輩は解説してくれました。…実は、ジャカルタの実力者は中国系華僑で、いざとなれば、大統領ら政界の実力者にも会えるほどの大物らしいのです。
実は、先輩の商社が「ここ一番」という勝負をかけるビッグビジネスの際には必ず、この実力者に会って、関係するビジネスに強い人物などについて助言してもらうのだといいます。
「そういうインドネシアの要路をよく知る実力者を味方に付ければ、現地の事情にもビジネスの結びつき、人間関係に詳しいだけに、ビジネスが成功する確率は高いのです」
これはインドネシアに限らず、東南アジア諸国に共通するというのです。
とりわけ、タイやマレーシア、フィリピンでは中国系華僑が地下経済を握っているとのことで、近年ではかつて中国と戦争したこともあるベトナムでも中国系華僑の実力者が幅を利かせているとのことです。
つまり、「チャイナ・メソッド」といっても、要は人脈です。この点、中国系華僑の結束は固く、現地の人々も巻き込んで、大きなビジネスを展開するケースが多いのです。これは、やはり中国系華僑は現地に根付いて、30年も40年も生活しているためです。
中国の改革・開放路線の総設計士といわれるトウ小平氏が中国の門戸を開放した際、最も頼りにしたのは香港、台湾の華僑のほか、東南アジア諸国の中国系華僑でした。トウ小平氏は「彼らに頼めば、かならず多くの人々を中国に連れてくる」と信じて疑わなかったのです。
読者の方で、東南アジアに進出しようと考えている方がいらっしゃったら、時間がかかるとは思いますが、是非、ツテを通じて、東南アジア華僑とコンタクトされることをお勧めいたします。
◆筆者プロフィール:相馬勝
1956年、青森県生まれ。東京外国語大学中国学科卒業。産経新聞外信部記者、次長、香港支局長、米ジョージワシントン大学東アジア研究所でフルブライト研究員、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員を経て、2010年6月末で産経新聞社を退社し現在ジャーナリスト。
著書は「中国共産党に消された人々」(小学館刊=小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品)、「中国軍300万人次の戦争」(講談社)、「ハーバード大学で日本はこう教えられている」(新潮社刊)など多数。