日本企業が関わるM&Aの件数は、2000年ごろから急増し、483件(1992年) から、2048件(2013年) にまで拡大し、すでに一般的な経営手法の一つとして定着してきたといえる。(図A参照)
中でも、日本企業による海外企業・事業の買収である、クロスボーダーM&A(IN-OUT)案件も年間500件程度に拡大しており、数千億円から1兆円を超える案件が見られるようになってきた。M&Aを活用して、自社の成長・勝ち残りを実現する例は一般的になってきたといえよう。
・1-1.日本企業が行うクロスボーダーM&A(IN-OUT)案件の推移
日本企業の実施するクロスボーダーM&A(IN-OUT)案件は、2014年には、サントリーホールディングスが米ビーム社を1.6兆円で買収し、ミツカンホールディングスがパスタソース事業をユニリーバから2150億円で買収するなど大型案件に注目が集まった。しかし、実際にはクロスボーダーM&A(IN-OUT)案件を買収側企業規模別を見てみると、売上高1兆円以上の上場企業の行うものは、そのうち3割程度に留まり、未上場企業や売上高500億円以下の企業が関与するものが4割に上るなど、その裾野が広がっていることがわかる。より幅広い企業にとって、「他力」を活用した海外への事業展開が経営上の手段として受け止められているといえる。
地域別に見ても、これまでの米国、欧州に加えて、アジアが件数ベースで4割にまで拡大するなど、クロスボーダーM&A案件そのものが、より、裾野を広げ、案件の多様化が進んでいるといえる近年のクロスボーダーM&A (IN-OUT) 案件を見てみると、戦略的な目的についても多様化が進んでいることがわかる。中でも特にアジア地域を中心とした成長地域の取り込みを目的とする案件が増加傾向にある。
I.成長地域への進出
(例:グリコによるDalya Citramandiri (インドネシア) 買収)
II.成長事業の取り込み(例:ポーラによるJurlique買収)
III.コスト削減を含む効率化
(例:マルハニチロによるAustral Fisheries買収)
IV.グローバル再編への対応
(例:サントリーホールディングスによるビーム買収)
●2.成功するM&Aは5割程度
M&Aの戦略的な重要性が高まる一方で、M&Aを成功に導くことの難しさについては十分な留意が必要である。…M&Aの成功確率に関する各種調査を見ると、M&Aの半数以上は失敗に終わっており、日本企業が行うクロスボーダーM&Aの9割は失敗に終わっているとの評価を行う調査結果も存在する。実際に、企業経営者に対して実施したアンケート調査によると、オペレーション面まで含めてM&Aが成功したと答えた企業は4割に満たない。
実際に買収から10年以上経た海外買収案件(100億円以上、50%以上取得) 116件のうち、すでに撤退や売却したものが51件に上るという調査もあり、クロスボーダー案件になればその難易度もさらに増していることに留意が必要である。
●3.M&Aの主な失敗要因は戦略性の欠如と統合の失敗によるもの
M&Aが失敗に終わってしまう要因の大きなものは、「不十分な戦略策定」「買収価値の見誤り」といったM&Aのプランニングフェーズでの失敗によるものと、買収後の「ガバナンスの弱さ」「不十分な企業文化の融合」によりシナジーが実現できなかったことによる統合後の失敗によるものに大別される。(図B参照)
失敗の要因(1):M&Aの前提となる事業戦略の欠如
M&A、中でもクロスボーダーM&Aにおいては、証券会社から持ち込まれる案件に短期的に対応することが求められ、自社の成長戦略との整合性が取れないままM&Aを進めてしまうといったことが起こりがちである。本来、自社の成長戦略を策定した上で、そのギャップを埋めるための手段としてM&Aが存在し、ターゲット企業の選定、コンタクトを行い具体的な交渉へと進めていく流れが、案件ベースでの検討に流されてしまうことによる悪影響をどのように抑えていくかが極めて重要である。
失敗の要因(2):買収価値の見誤り
案件ベースでの検討に陥いることで、M&A自体が目的化してしまい、本来、何を達成するためのM&Aで、どのようなシナジーを、どの程度見込むのか、またその実現に向けてどのようなリスクがあるか、といった買収価値算出の前提となる検討がおろそかになってしまうことが散見される。さらには、買収価値算出の前提が崩れた上に、事業面でのデューデリジェンスが不十分なことによる対象会社の事業計画の蓋然性検証が甘くなってしまうこともある。結果として買収価値を過大評価してしまうことにもつながっている。…さらには、相手先、および関連するステークホルダーの意向への配慮や、交渉において譲れない条件が不明確なまま交渉を進めてしまうことにより、結果的に買収価格がさらに高くなってしまい、実現すべきシナジーのハードルがさらに高まってしまい、失敗につながることも多く見られる。
失敗の要因(3):買収先企業に対するガバナンスの弱さ
案件自体を成立させることに注力するあまり、M&A成立後の統合、またその前提となる統合プランニングを十分に行えないために、結果として、買収先企業に対してガバナンスが弱くなってしまうこともM&A失敗の大きな要因となってしまっている。M&Aに関する交渉、プロセスと並行して、買収先マネジメントと買収後のアクションについてすり合わせができていない場合には、買収先企業のマネジメントとの権限・責任が不明確になり、さらには、買収先企業の業績モニタリングも指標・体制両面で不十分なまま実質上放置されてしまう状況に陥ってしまうことが多い。
さらには、M&Aによって何を達成したいのか、中長期でどのような姿を目指すのかを具体的に示し、シナジーを実現するためのアクション・体制を明確にしておくことが早期の統合効果実現には不可欠である。しかしながら統合事務局側の工数不足もあり、対応が遅れがちである。シナジー実現のため、アクションを明確に示せないことで、買収先企業にガバナンスが効かず、シナジーの実現に時間がかかってしまうことが多く見られる。特に、クロスボーダーM&Aの場合には、国内同士のM&Aよりも明確な方針を提示する必要があり、事前準備の重要性が大きい。
失敗の要因(4):企業文化の融合が不十分
歴史的背景や企業文化が異なる中で、企業文化を融合する仕組みが不十分なために、買収先企業と親会社の間で融合が進まず、シナジーの実現に時間がかかってしまうこともM&A失敗の大きな要因となってしまっている。親会社のマネジメントが統合後、事務局に丸投げしてしまうことにより、経営陣同士での意識あわせが進まず、グループとしてのビジョンや企業理念そのものが共有されず、方向性を見失ってしまうことがある。そのためどのような機会で、両社の企業文化を融合していくかを具体的に設計しておくことがきわめて重要である。
●4.M&A成功のために
長年にわたって、ローランド・ベルガーがクロスボーダーM&Aの支援を様々なクライアント企業に行う中で、M&A成功には5つの要件を満たす必要があると考えている。…A)明確な事業・M&A戦略
B)合理的なシナジー効果算定と成果のモニタリング
C)自社・買収先の強みとなる経営資源の把握
D)トップのリーダーシップと統合成功へのコミットメント
E)「形式知」によるコミュニケーション
A)明確な事業・M&A戦略
M&Aそのものを目的化することなく、自社の成長戦略の実現手段として位置づけ、M&A候補先の明確な選定基準を有していることは、成功のための前提条件である。さらには、買収後の買収先企業の成長戦略が明確に描けており、買収先企業と戦略を共有していることも必須条件である。例えば、JTが英ギャラハーを買収した際には、各地域でどのような統合が必要かを買収先候補選定の段階から検討し、どこに新しいオフィスを置き、どのようなブランドを配置し、何人ぐらいの営業員が必要かを洗い出し、そのインパクトを試算した上で、統合により何を得られるかを明確にして選定することにより、M&Aを成功に導いている。
B)合理的なシナジー効果算定と成果のモニタリング
買収検討の初期段階から、明確なシナジー仮説を持ち、シナジー効果の見積もりがデューデリジェンス、統合プラン策定を通じた検証作業を経て、買収金額およびその後の中期計画に織り込まれていることが重要である。売上サイドのシナジーとして、製品のクロスセル、顧客基盤の共有、新製品の共同開
発といった効果、コストサイドのシナジーとして、共同購買、物流集約、拠点の統廃合等の効果をいつまでにどの程度見込み、かつ、その実現のために実行体制が確立されていることが成功の要件である。
それらシナジー目標については、定量的な目標が設定されていることはもちろんのこと、実現に向けたアクションが具体的か、そのアクションの結果想定されるインパクトを実現できているか、それらの進行状況を「見える化」するPDCAサイクルが整備されているかが重要である。中でもコストサイドの共同調達等の比較的効果を早期に実現しやすいものについては、担当者とアクションを明確にし、その立ち上がりを担保しておくことが重要である。例えば、M&Aを繰り返すことで世界最大のビールメーカーとなったベルギーのInBev(インベブ)は、円滑な統合を実現するためのコンバージェンス委員会を設置し、統合作業の目標設定、スケジュール、リソース配分を統括させ、その果たすべき役割、プロセス、アウトプットを明確に定義することで、その進捗を見える化することに成功している。…C)自社・買収先の強みとなる経営資源の把握
自社の核となる価値観、企業文化および強みとなる経営資源を的確に把握し、買収先の強みとなる経営資源と融合させ、グループの組織力を強化できることは重要である。例えば、テルモは米3Mから人工心肺事業を買収した後、自社開発部門を傘下に組み入れ、関連事業を加えることでアメリカの病院へのシステム納入を強化した。これにより両社の強みを活用しながら、マーケットを捉える方策を描き、自社・買収先の強みとなる経営資源を最大活用することで買収によるシナジーを早期に実現することに成功している。
D)トップのリーダーシップと統合成功へのコミットメント
買収企業のトップマネジメントが、買収後の統合の成功に対してコミットし、買収先企業のガバナンスと企業文化融合を最優先課題として自ら取り組むことも重要である。例えば、サントリーホールディングスでは、佐治会長自らが、ディアフィールドのビームサントリー本社に向かい、マット・シャトックCEOら経営陣と会うと同時に、ウイスキー蒸留所に足を運んで従業員らに声をかける機会を持つ等トップ自らがコミットメントを見せることで、統合の成功に向けた取り組みを行っている。さらに、統合プロジェクトチームにおいても、戦略開発本部長とシャトックCEOで週2回3時間に及ぶテレビ会議を行い相互理解を深めることから開始するなど、トップによる強いコミットメントによるリーダーシップがとられている。
E)「形式知」によるコミュニケーション
クロスボーダーM&Aにおいては、「暗黙の了解」は通用しないことを肝に銘じ、戦略、ビジョン・経営理念、権限責任規定、その他重要な経営方針を文書化することで、浸透を図ることは重要である。
●5.最後に
クロスボーダーM&Aを成功に導くための要諦を紹介してきたが、M&A戦略策定に始まり、ターゲット企業の選定からディールの実行、さらにはM&A後の統合においては、通常の業務と異なる専門性を必要とする業務が多く存在しているのも、クロスボーダーM&Aの成功を難しくしている要因といえる。ローランド・ベルガーのM&A ・PMIチームでは、専門知識とグローバルでの豊富な支援実績を有するコンサルタントが、M&AおよびPMIに関するプロセスをワンストップでご支援することが可能である(図C参照)。…